「双極症(双極性障害)についての100の質問」企画、第72回目です。
今回のテーマは、
「双極症は“脳”の病気?“心”は関係しない?“心の病気”という表現について」
です(・∀・)
以下、質問者さんからのメッセージです。
「双極症は『心の病気』ではなく『脳の病気』だと言われますが、心は関係していないのでしょうか?特に発症に関しては精神的なものが大きく影響しているように感じるのですが…。『心』と『脳』の関係がよく分かりません。」
「心」と「脳」の関係は、脳科学者も哲学者も結論を出せていない難問です(;^_^A
「脳」は実体のあるモノで、「心」には実体がありません。
「心はどこにありますか?」と問うと、胸のあたりに手を当てる人もいれば、頭を指さす人もいるでしょう。
「脳はどこにありますか?」と問うと、みなさん頭を指さすでしょう。
「脳」に比べて「心」はフワッとした概念です。
「心」と「脳」をどう認識しているかは、哲学者や脳科学者など、専門家によっても異なります。
「心」=「脳」と考える人もいれば、「心」と「脳」は別物と考える人もいますね。
個人的には「脳」の活動の表象が「心」と考えます。
脳の中で何が起こっているかは、最新の画像検査などで詳細に把握できるようになってきており、
「脳内のどこが活発に活動している」
「○○という物質が増加している」
などの客観的データは得られるわけですが、その人がある刺激をどう知覚し、意味付けし、悲しんだり喜んだりしたり、それに基づいてどんな行動するのかを、その客観的データと結び付けることは困難です。
詳しく知りたい方は「心脳問題」でググってみてください。
質問者さんの聞きたいことは「双極症の発症に心理的ストレスは関与しないのか?」ということだと解釈して話を進めます。
双極症の発症モデル
双極症を発症する原因は、現時点ですべてが解明されてはいないものの、遺伝的要因、生育歴、性格、脳の機能異常などに心理的ストレスが合わさって発症するモデルが想定されています。
ひとつのケースですべての要因が関与するのか、どれくらいの割合でそれぞれの要因が関与するかは不明ですが、下記のような報告があります。
双極症の方がうつ病より、環境的な要因が関与する割合は低く、質問者さんの仰る「脳の病気」の側面が強い病気と言えます。
発症や再発に心理的ストレスが関わることは様々な研究が示しており、それは必ずしも悲しい出来事だけではく、結婚や昇進などの一見ポジティブなストレスも影響します。
再発についてはストレスの無かった人に比べて、ストレスレベルが重度だった人は再発のリスクが4.53倍に跳ね上がるという報告もあります。
ストレスフルなライフイベントには様々なものがありますが、うつ病に比べると、双極症では「経済的な危機」というストレスによって再発するリスクが高いとされています。
これらのストレスは病気の初期には再発に大きな影響を与えるものの、病気にかかった期間が長くなるほど、再発への影響は小さくなることも知られています。
軽度のストレスでも容易に再発するようになるわけです。
※病気にかかった期間が長くなるほど、ストレスの強さと再発リスクが相関するという報告もありますので、参考まで。
双極症の発症や再発には、心理的ストレスが関与しており、質問者さんの感覚は正しいと言えます。
「心の病気」ではなく「脳の病気」という意味
少し話は変わりますが、現在ネット上では、非専門家向けのサイトに、「双極症は心の病気ではなく、脳の病気です」と書いてあるものがある一方で、「心の病気」の解説として、うつ病、双極症、統合失調症などが記載されていたりします。
質問者さんの疑問は、このことも影響しているような気がしました。
以前、精神疾患は大きく3つに分類されていました。
①外因性
認知症や頭部外傷など、脳に器質的な変化が起こることで発症する病気
②内因性
統合失調症、うつ病、双極症などの脳の機能異常により発症する病気
③心因性
適応障害やPTSDなど、心理的なストレスが主となって発症する病気
以前は「心の病」と表現するときは、③に該当する病気を指していました。
最近では、③の心理的なストレスが原因で起こると考えられていた精神疾患においても、脳の形態変化や機能異常を認めるとの報告があります
純粋に「心の病気(心理的ストレスが原因)」と呼べる精神疾患は無いのかもしれませんね。
耳障りの良さ、偏見を軽減する表現
もうひとつ、横道に逸れた話です。
広く精神疾患の理解を得るための「心の病気」という表現についてです。
厚労省のHPでも、精神疾患を「こころの病気」と表現しています。
また、精神科のクリニックの名称は、その時代を反映しています。
「精神科」の字面は、精神疾患に縁の無かった人からすると大変なインパクトがあるものです。
昔は「○○神経科」「○○精神神経科」などの名称が使われていましたが、受診のハードルを下げる目的もあり、次第に「○○心療内科」「○○心療クリニック」「○○メンタルクリニック」などの名称が増えました。
最近ではさらに敷居を低く、受け入れやすいネーミングになり「○○こころのクリニック」、病院でも「○○こころのホスピタル」などの名称を目にすることが増えました。
こういった名称の変化は、前述の通り、受診や通院のハードルを下げ、自身の病気の受容にもプラスに働くと考えられる一方で、精神疾患をよく理解しない人には、
「こころの問題?誰にでもストレスはあるもの。甘えじゃないの?」
「根性や頑張りが足りないんでしょ。そんなことで病院にかかるの?」
などと、「心がけの問題」「性格の問題」などと見られ、偏見を助長しないかが気になります。
※もちろん「精神疾患」であっても「精神力が足りない」病気などと誤解されることはあります。
こういった文脈からは、精神疾患を「脳の病気」と表現することは大切なことです。
心は実体がありませんが、脳はひとつの「臓器」です。
肝臓や腎臓と同じで、その臓器に問題が生じているのだから、臓器を休めたり、薬で治療したりすることは当然なんですね。
「心の風邪?」「心の肺炎?」「心の骨折?」いや・・・
うつ病の啓発活動の中で「うつ病は心の風邪です」というフレーズが使われ、理解を広めることに役立ったのは確かです。
一方、
「うつ病は”心の風邪”というレベルではない」
「心の肺炎というべきだ」
「心の骨折という表現がぴったりだ」
などの意見もあり、それも一定の評価を得ています。
「心の風邪」という表現は、全て「悪」ではなく、受診のハードルを下げ、潜在的なうつ病患者さんが治療に結びつくなど、役立った側面もあると思います。
何を目的とするか・誰を相手とするかで、表現は変えてしかるべき、また、適した表現がその人に響くもの、と思います。
以上、「双極症は“脳”の病気?“心”は関係しない?“心の病気”という表現について」について解説してみました(‘◇’)ゞ