「双極症(双極性障害)についての100の質問」企画、第60回目です。
今回のテーマは、
「双極症の人はアルコール依存症になりやすい?セルフメディケーションとは?」
です(・∀・)
以下、質問者さんからのメッセージです。
双極性障害の方はアルコール中毒になりやすいと聞いたことがあるのですが、ただ単に飲み過ぎが原因ですか?なりやすい原因があるのでしょうか?
まず、言葉の誤解について説明します。
質問者さんが表現されたように、非専門家の間では「アルコール依存症」を「アルコール中毒」「アル中」と呼ぶことがあります。
アルコール中毒は「急性アルコール中毒」と「慢性アルコール中毒」に分かれます。
急性アルコール中毒は「大学の新歓コンパで入学性が救急搬送された」と毎年のようにニュースになるものです。
短時間に大量のアルコールを摂取すると、アルコールの鎮静作用により意識レベルが低下します。場合によっては呼吸を司る延髄の中枢にまで鎮静がかかり呼吸停止=死亡することもあります。これは精神疾患ではなく内科疾患です。
慢性アルコール中毒は、長期に渡る大量の飲酒により、身体的にも精神的にも社会的にもトラブルを抱える状態です。「アルコール依存症」と同じ概念と考えてもらってよいでしょう。
以前にも双極人とアルコールのお付き合いについて書きましたのでそちらも参照してください。
参考:双極性障害だけど飲酒が楽しみ。アルコールとの上手な付き合い方とは?
Contents
長期の大量飲酒が続くとどうなるのか?
アルコール飲料を適切な範囲内で飲むことができず、大量に毎日飲むようになると、「プレアルコホリズム」「アルコール乱用」「有害な使用」と呼ばれる状態となり、そこでも立ち戻れずに自己コントロールを失い、アルコールが生活のすべてに優先するようになると「アルコール依存症」と呼ばれる状態に至ります。
正常飲酒(多くの飲酒者はココ)
酒量少な目
↓
プレアルコホリズム
アルコール乱用
有害な使用
↓
アルコール依存症
酒量は大量
アルコール依存症の診断基準は?
精神障害の国際疾病分類「ICD-10」のアルコール依存症の診断基準は以下の通りです。
1年間に以下の3つ以上があてはまる。
①飲酒したいという強烈な欲求、強迫感
⇒起きている間中、飲酒への渇望が起こる
②飲酒の開始、終了、あるいは飲酒量に関して制御することが困難
⇒自身では飲酒行動の抑制が不可能
③離脱症状
⇒飲酒を中断するとイライラ、頭痛、発汗、手の震え、妄想、幻視などの症状が出る
④耐性の存在
⇒同じ酒量で酔えなくなり酒量が次第に増える
⑤長い時間飲酒したり、酔いから醒めるのに1日の大部分の時間を消費してしまう、飲酒以外の娯楽を無視する
⇒飲酒行動が生活の中心になり、他の社会生活が行えなくなる
⑥精神的または身体的問題が飲酒によって持続的または反復的に起こり、悪化していることを知っているにもかかわらず飲酒を続ける
⇒飲酒のために心身、また家庭や社会生活に問題が起こっていることを自覚するも、それに抵抗する
双極症にアルコール依存症が合併しやすいのはなぜ?
前掲の記事にも書きましたが、大きくは以下の2つが原因です。
①セルフメディケーションとして使用し始め、次第に乱用傾向となる
②双極症とアルコール依存症に生物学的に共通する基盤がある(可能性)
①セルフメディケーションとして使用し始め、次第に乱用傾向となる
まず、①については、うつ病や他の精神疾患、または身体疾患でも同様です。
元々の病気のつらさを紛らわすために飲酒という自己対処を試し、飲酒により少し苦痛が和らいだら、また次に何らかの対処が必要になった時にも飲酒という自己対処をします。
それを「セルフメディケーション=自己治療」と呼びます。
アルコールという物質の性質上、そのような対処を続けるうちに次第にその量が増えるリスクがあります。
双極症は基本的には長期間にわたって付き合っていく病気ですから、寛解期や少し高揚した時期には苦痛は少ないものの、病気にかかった期間の大半はうつ病エピソードが占めます。
ストレスへの自己対処を求められる機会は必然と多くなります。
一般にも「ストレスが溜まると飲みに行くぞー!」と飲酒でストレス発散する向きがありますが、元々そのようなストレス発散法しか持たない人はリスクが高いでしょう。
※ちなみに、アルコールを摂取すると、よりネガティブな感情が強化され、不安が強まることが知られていますから、飲まないに越したことはありませんが、飲むなら「お酒は楽しく飲む」ことを意識しましょう。
アルコール依存症に関わらず、依存症は「孤独の病」とも言われます。
病気を理解してくれる家族や友人、職場の同僚、当事者仲間などがいない場合は、その孤独から飲酒に癒しを求めてしまうかもしれません。
病状のコントロールの悪さが人間関係を損ない、自己対処行動を損ない、安易な飲酒に走るリスクを高めることも想像にかたくなく、気分の波のコントロールがアルコール依存症のリスクを下げるためにも大事です。
アルコールの交叉耐性
アルコールを常用していると、同じ量では酔えなくなると前述しましたが、なんとそのせいで睡眠薬や抗不安薬にも同様の耐性ができてしまいます。
これを「交叉耐性」と呼びますが、薬の効き目が弱まれば、より症状緩和の手立てが乏しくなり、依存への進展(依存対象が薬物に拡大するリスクも)が心配されます。
②双極症とアルコール依存症に生物学的に共通する基盤がある(可能性)
②についてですが、うつ病とアルコール依存症の遺伝的共通性についてはいくつかの研究がありますが、双極症とアルコール依存症の研究は乏しいため、現時点で明確なことは言えません。
ただ、双極症の家族にアルコール依存症患者が一般的な頻度より多くみられることが知られており、今後、何らかの遺伝的共通性が見いだされるかもしれません。
遺伝ではなく、環境的な要因が双極症とアルコール依存症の同一のリスク因子になっていることも考えられます。
(家族内で虐待の連鎖があり、虐待が双極症・アルコール依存症のどちらものリスク因子であるなど)
双極症とアルコール依存症の死後脳の研究
2018年のある報告では、「双極症」「うつ病」「統合失調症」「自閉スペクトラム症」「アルコール依存症」のいずれかと診断された人たちの死後脳を研究しています。
大脳皮質の脳細胞内にあるRNA分子というものを分析し、その結果、各疾患に様々な生物学的な機能不全が見つかりました。
双極症と統合失調症の脳の共通性なども確認されたのですが、アルコール依存症の脳は、他のどの疾患ともほとんど共通していなかったようです。
双極症とアルコール依存症の発症順序についての研究
ある研究では、1090人のDSM-IVという診断基準で診断された双極症患者をサンプルとして、双極症を発症し、その後アルコール依存症を合併するケースと、逆にアルコール依存症を発症し、その後双極症合併するケースの割合やその原因を調査しています。
その結果は以下の通りです。
・「アルコール依存症⇒双極症」のケースは6.6%で、鎮静剤の乱用と発症時のうつ病エピソードと関連していた
・「双極症⇒アルコール依存症」のケースは45.8%で、覚醒剤の乱用と発症時の躁病エピソードと関連していた
「アルコール依存症⇒双極症」のケースでは、アルコールは双極症の前段階の性格傾向や過敏さによって引き起こされるストレスや緊張を軽減するために使用されている可能性があるようです。これが最初のうつ病エピソードにつながります。
「双極症⇒アルコール依存症」のケースでは、覚醒剤の使用が刺激となり最初の躁病エピソードを引き起こした可能性があるようです。また、アルコールの乱用は躁状態の重症度と関連したようです。
双極症とアルコール依存症・まとめ
アルコール依存症になりうるリスクなどについて書きましたが、その逆がアルコール依存症を合併しないために大切なこととなります。
以下の3つのポイントを意識しましょう。
①飲酒以外の自己対処行動をたくさん持つこと
②今ある人間関係を大事にすること
③飲酒は「しない」と決めて生活から排除すること
③はケースによっては寛容になってもいいでしょうが、ストレス時に飲酒する習慣のある人は要注意です。
すでに飲酒行動がコントロールできていない状態になっている方は、すぐに主治医に相談して必要な治療を受けましょう。
どちらの病気も自殺リスクの高い病気ですから、
「これくらいの酒量ならまだ大丈夫」
「自分はいざとなったらいつでも止められる」
などと甘く見ないことです。
しかし、依存症にすでに陥っている場合、アルコール依存症は「否認の病」とも呼ばれ、本人は病気であることを否定し、頑なに受け入れない状態となりますので、周囲の人の協力が必要となります。
以上、「双極症の人はアルコール依存症になりやすい?セルフメディケーションとは?」について解説してみました(‘◇’)ゞ
参考:「アルコール依存症と気分障害」 橋本 恵理, 斎藤 利和 精神経誌 2012 112巻8号
参考:「Shared molecular neuropathology across major psychiatric disorders parallels polygenic overlap」Science Vol 359, Issue 6376
参考:「Alcohol use and bipolar disorders: Risk factors associated with their co-occurrence and sequence of onsets.」 Drug and alcohol dependence2017Oct01Vol. 179