「双極症(双極性障害)についての100の質問」企画、第85回目です。
今回の質問は、
「双極症の原因について、最新の研究ではどこまで解明されたのでしょうか?」
です(・∀・)
過去記事にも書きましたが、双極症の発症には、他の精神疾患と同様に、遺伝要因と環境要因が関与すると考えられています。
その影響の割合は、遺伝要因が8割、環境要因が2割と言われています。
精神疾患としてはメジャーな「うつ病」は、遺伝要因が4割、環境要因が6割の割合で発症に寄与します。
1人1人の双極症患者さんが、みんなそれぞれ「遺伝8割、環境2割」で発症しているという話ではなく、環境要因がもう少し大きく影響している人など、多様である点は誤解なきようお願いします。
うつ病に比べて、双極症は遺伝要因の割合が大きい病気と言えますね。
とは言え、環境要因も無視することはできません。
まずは、環境要因の研究について示します。
Contents
双極症の環境要因
小児期に、身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、ネグレクトなどがあった場合、双極症の発症が2.6倍に上がる
⇒他の精神疾患もこれらの経験により、双極症と同じくらい発症リスクが上がる。また、研究方法上の問題が指摘されており、さらなる研究が待たれる。
妊娠中に母親がインフルエンザに感染すると、子の双極症の発症リスクは3.82倍に。喫煙すると2.014倍に高まる。
出生時の父親の年齢が45歳以上だと、子の双極症の発症リスクは有意に高まる
⇒ちなみに統合失調症も同様の結果が出ている。父親が第一子を授かった年齢が高いことがリスクを高める。例えば、第一子が35歳時、第二子が47歳時であった場合は、影響を受けない。父親となる年齢が遅いことによる心理社会的要因、もしくは一般的な遺伝変異によると考えられている。
以上の環境要因については、本人からすると、生まれるまでのことや幼かった頃のことで、本人には変えようが無いという点では遺伝要因と同じ意味合いを持ちます。
再発に影響する心理的ストレスについては過去記事にもありますので、参照ください。
参考:双極症になった原因は突き止めた方がいいの? or うやむやでもいい?
双極症の遺伝要因
次に、発症の8割を占める遺伝要因についてです。
まず、遺伝要因について書いた過去記事をご覧ください。
参考:双極症は「遺伝」する病気なの?「遺伝」について心配される3つのこと。
この後、双極症の「遺伝要因」について書きますが、先だって、関連する用語を説明します。
私たちの体にある細胞のひとつひとつの中には「DNA」という化学物質があります。
DNAは、デオキシリボースという糖と、リン酸、塩基から構成された「ヌクレオチド」が多数つながってできています。
DNAは細い糸のようなもので、DNAを引き伸ばすと、その上のところどころに「遺伝子」が存在します。
遺伝子は、私たちの体を作ったり、何らかの働きをするための情報を担っています。
また、「ゲノム」という言葉も聞いたことがあると思いますが、ゲノムは、ある生き物が持っている「遺伝情報の全体」を指します。
DNAには約2万2千個の遺伝子が存在するのですが、遺伝子でない部分も存在します。
DNAの、その遺伝子でない部分にも、まだ解明しきれていない何らかの大事な役割があるようです。
それらすべての情報をひっくるめてゲノムと呼びます。
・DNA⇒化学物質
・ゲノム⇒情報
ゲノムによる発症に関わる要因を「遺伝要因」や「ゲノム要因」と言いますが、これまでに様々な研究が行われてきました。
前述の過去記事にも、単一の遺伝子が発症を決定するわけではないと書きましたが、現時点では、何かひとつの決定的要因があるわけではなく、下記のような多様なゲノム要因が発症に関わるとされています。
頻度の高い多型
遺伝子を構成しているDNAの塩基配列の個体差で、集団の1%以上の頻度であるものを「多型」と呼ぶ。
その中でも、ANK3、CACNA1Cという2つの遺伝子の多型が、イオンの輸送系に変化をもたらし、双極症の遺伝的リスクの一因となると示唆されている。
ANK3遺伝子は細胞膜を裏打ちするタンパク質であるアンキリンGをコードし、CACNA1C遺伝子はカルシウムチャネルをコードしている。
双極症のモデルマウスの脳では、リチウムに応答してANK3、CACNA1C両遺伝子の発現が低下し、症状が緩和することが分かっている。
メンデル型遺伝病を起こすまれな遺伝子変異
まれなエラーでも、双極症の発症に大きく関与するエラーは重要であり、メンデル型遺伝病はそれに該当する。
メンデル型遺伝病は、単一遺伝子疾患とも呼ばれる。有名な「メンデルの法則」のメンデル。
メンデル型遺伝病は「常染色体優性」「常染色体劣性」「X連鎖性」の3種類がある。
Darier病・・・常染色体優性遺伝性皮膚病
本疾患の患者100人を対象とした研究では、50%が気分障害、4%が双極症だった。
細胞内のカルシウムイオンのシグナル伝達の変化が双極症に関連すると見られる。
Wolfram病・・・常染色体劣性遺伝疾患
若年性糖尿病と、進行性の視神経の萎縮を認める疾患で、うつ症状などの精神症状を伴うことが知られていた。
WFS1という遺伝子が原因とみられ、双極症の発症に関与すると考えられている。
慢性進行性外眼筋麻痺・・・常染色体優性遺伝の成人発症ミトコンドリア病
脳内でミトコンドリア遺伝子の多くの欠失があり、そのために、上まぶたが垂れ下がる眼瞼下垂などの症状を認める。
ミトコンドリア病患者のうち、20%前後に双極症が併存するとされる。
コピー数変異(copy number variation:CNV)
遺伝子を数個含むような大きなゲノムの「欠け」や「重複」は病気の有無に関わらず、誰にでもある。
双極症の患者ではそうでない対照群に比べて、大きな「欠け」が有意に多い、特定の遺伝子の「欠け」が多いなどの報告があるが、現時点では、双極症のリスクへの影響は明確ではない。
少なくとも、統合失調症の発症にCNVが影響するほどは、双極症の発症にCNVは影響が無さそう。
親から伝達されるまれな変異
神経の興奮に関わる遺伝子をコントロールする領域で見られる、まれな変異が双極症の発症に影響する可能性が示唆されている。
現時点では、確実に発症に関与する変異は明らかになっていない。
de novo CNV(デノボCNV)
精子に含まれる父親のゲノム、卵子に含まれる母親のゲノムを半分ずつ、その子どもは受け継ぐ。
ところが、精子、卵子が作られる過程でエラーが起こり、両親の持たない変異(この場合、前述のCNV)が子どもに起こることがある。
この変異が双極症の発症に関与する可能性がある。
de novo 点変異(デノボ点変異)
「点変異」とは、遺伝物質DNA、もしくはRNAを構成する「塩基」の配列がほかの「塩基」に置きかわる、突然変異のこと。
de novo CNVと同様に、両親が持たずに子のみが持つ、新たに発生した点変異のことをde novo 点変異と呼ぶ。
誰でも de novo 点変異を少しは持つものだが、その数や質が双極症患者では異なる。
このde novo 点変異は、父親の加齢とともに増加するため、環境因の項で記載した出生時の父親が高年齢であると発症リスクが高いことに、この点変異が関連する可能性もある。
体細胞変異
精子や卵子、いわゆる生殖細胞以外の体の細胞に起こる変異のこと。
受精し受精卵となって以降の分化や生育の過程で起こる変異のことで、統合失調症や自閉スペクトラム症の発症に関わることが明らかになっている。
双極症でも同様に関与することが想定されている。
親が持たないエラー
遺伝要因、ゲノム要因というと、親から子に受け継がれるものと想像されがちですが、上記3つは両親のゲノムには存在しない変異がその子どもに新たに生じ、双極症の発症に関与します。
「遺伝的構造」とは?
遺伝要因に関わる研究はほかにも多数ありますが、書ききれないので主だったものだけを紹介するに留めさせていただきます。
とりあえず、
「なんだかいろいろなゲノムのエラーが発症に関与するんだなぁ」
と認識してもらえたらOKです。
今では、一塩基多型と呼ばれるゲノムの配列のたった一つのパーツの、しかもよくある変異から、範囲の大きな、また頻度の低いまれな変異まで、「すべて」が発症に関与していると考えられています。
これを「遺伝的構造」と呼びます。
まとめと研究協力のお知らせ
現在も各研究は進行中で、テクノロジーの進化により、以前に比べて莫大な情報を処理することができるようになっています。
近いうちに、発症の原因がさらに解明され、予防や治療に反映されるようになることを期待しています。
理化学研究所脳神経科学研究センターでは、研究に協力してくれる患者さんとその両親を募集しています。
興味のある方、ぜひ協力したいという方はこちらをご覧ください。
以上、「双極症の原因は最新の研究ではどこまで解明された?環境要因と遺伝要因を説明。」について解説してみました(‘◇’)ゞ
参考:「Collaborative genome-wide association analysis supports a role for ANK3 and CACNA1C in bipolar disorder」Nature Genetics. volume 40, pages 10561058 .2008
参考:「Understanding the association between advanced paternal age and schizophrenia and bipolar disorder.」Weiser M, et al. Psychol Med. 2019 Mar 4.
参考:「Ant1 mutant mice bridge the mitochondrial and serotonergic dysfunctions in bipolar disorder」Molecular Psychiatry. 2019 Jun 11.
参考:「双極性障害 第3版」加藤 忠史(著)