「セルフ・コンパッション」という言葉、この記事で初めて知ったという方も多いのではないでしょうか?元々は仏教の思想から出てきた概念で、今では心理学の分野においてよく研究されているメンタルケアの考え・手法です。
アメリカの心理学者、クリスティーン・ネフによると、セルフ・コンパッションとは、
「自分の愛する人を思いやるように、自分自身を思いやること」
だそうです。
同じく仏教の思想からメンタルケアの考え方・手法として広まった「マインドフルネス」は、自分の感じたモノゴトに注意を向けて、それらをあるがままに受け止めるというものです。
日本でも広く知られ、先進的な企業で取り入れられているのはもちろん、精神科の支援の場でもマインドフルネスの考え・手法を取り入れた助言をしています。作業療法やデイケアでもマインドフルネスのプログラムを行っており、通院や通所をしている人なら一度は触れたことのあるワードではないでしょうか?
セルフ・コンパッションという言葉はマインドフルネスよりはまだ市民権を獲得していませんが、科学的根拠が出そろう中で、少しずつ知られてきているようです。
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セルフ・コンパッションを訳すと?
セルフ・コンパッション(self-compassion)を訳すと、「自己への思いやり」「 自分への思いやり」 「自己への慈しみ」などの日本語に該当します。
仏教思想において、「思いやり」「慈しみ」は下記のような心です。
「思いやり」
苦しみや、それの元になるモノゴトに気づき、その苦痛を和らげたいと願う心
「慈しみ」
生きとし生けるものの幸せを願う心
コンパッションはこういった心を概念化したものです。
コンパッションには3つの種類がある
そして、コンパッションには「3つの種類」があります。
①他者に与えるもの
②他者から受け取るもの
③自己に与えるもの
他者との関係の中で、相互にやり取りする思いやりや慈しみの心は大切ですが、 それと同じように、自分自身に思いやりや慈しみを十分に与えることも大切で、この自己に向いた思いやりや慈しみがセルフ・コンパッションなんですね。
たしかに、自分自身が安定し、健やか・幸福でいられないと、他者に思いやりや慈しみの心を与えることは難しそうですよね。
あなたは自分への「思いやり」「慈しみ」を持てている?
日本人においては、「自分に厳しく、人に優しく」という考えがあり、そう親や教師から教えられた人も多く、無意識にこの考えにとらわれている人も多いと感じます。
「自分に厳しくできる人は立派だ」
「自分に厳しくすることで、より成長できる」
「自分を甘やかしても良いことはない」
「どんな場面でも泣き言を言わないでおくべきだ」
「自分についての否定的なことを取り上げて解決していくべきだ」
あなたにはこんな風に感じる傾向がありませんか?
自分自身について考えてみても、「自分への寛容さよりも厳しさを求めがちだなぁ」と感じます。
健康な人においてもその考えは本人を苦しめるものですが、精神疾患・障害を持つ人たちにおいても、このような考え方の背景が、病気の発症・症状・回復の経過に影響していると感じます。
「自分に厳しく」をモットーに生きてきて、特に支障なく過ごせている方はそのままでいいと思いますが、「何だか生きづらい」「このままでは苦境から抜けられそうにない」などと感じる人にはぜひこのセルフ・コンパッションを取り入れてほしいと思います。
自分への思いやりの有無を「置き換え」でチェックしてみよう
明らかに、自分に起こった出来事やそれらへの自分の反応を否定的に受け取りがちな人は別として、「うーん。自分はそうでもないかな?」と感じる人も下記の「置き換え」実験にトライしてください。
①あなたが上司から任された仕事を自分なりに一生懸命にこなして提出したところ、上司にその仕事が「不十分だ」「出来が悪い」と評価されたとします。
あなたは自分自身に対してどういった感情を持ち、どういった言葉掛けをしますか?
②親しい友人が、上司から任された仕事を自分なりに一生懸命にこなして提出したところ、上司にその仕事が「不十分だ」「出来が悪い」と評価されたとします。
あなたはその友人に対してどういった感情を持ち、どういった言葉掛けをしますか?
①と②の答えが違う人は多いと思います。
①では自分に対して厳しい言葉掛けをし、「なんてダメなやつなんだ」「恥ずかしい」「情けない」「頑張りが足りなかった」などと評するのではないでしょうか?
一方、②では、優しい言葉掛けをし、「頑張りを否定されたようでつらかったね」「よくやったじゃないか」「次に活かせるよう、今回のことを一緒に考えてみよう」などと話しかけるのではないでしょうか?
ここで①②の答えがずれた人は、他者に対しての思いやりに比べて自身への思いやりが不足している人、セルフ・コンパッションを取り入れる意義がある人と考えられます。
新しいストレスコントロールの方法
人生は楽しいことばかりではなく、しばしば困難やストレスが立ちはだかるものです。
これまでにもストレスのコントロール方法については検討されてきましたが、セルフ・コンパッションはそれらとはまた一味違った方法と言えそうです。
従来の方法としては、ストレスの原因を取り除くことを主とした「問題解決法」、認知行動療法に代表される「合理的思考法」、傾聴や助言を求める「カウンセリング」などが有名ですが、上記いずれも、ストレス因によっては対処が困難で、ストレスの元となるモノゴトが無くならないと自分では何ともやりようがないというデメリットがありました。
例えば、問題解決法でいくら原因を取り除こうとしても、対人トラブルでは相手の存在をどうにもできなかったりしますよね。
前述のネフ氏によると、セルフ・コンパッションとは、
「困難な状況において、自己に生じた苦痛をありのまま受け入れ、その苦痛を緩和し、幸せになりたいと願う、自己との肯定的な関わり方」
とのこと。
困難な状況としては、以下のような2つの状況が想定されています。
・自己の弱点やネガティブな側面に直面した、仕事や人間関係で何らかの失敗を犯したなど、自己像に何らかの危機が生じている場面
・病気、災害、死別、離別などストレスフルな出来事
セルフ・コンパッションとは、何らかのネガティブな出来事の体験から生じる苦痛を和らげて、さらにはその苦難を糧に成長することを目指した「自己との関わり方」と言え、先ほど示した3つのストレスコントロール法とは趣が異なります。
セルフ・コンパッションが高い人の特徴とは
さて、セルフ・コンパッションの高い人にはどういった傾向があるのでしょうか?
その傾向を調べた研究があり、以下のような特徴が挙げられています。
・肯定的で安定した自己像を有している
・他者との関係性を構築したり維持することへの動機づけや、他者への思いやりが高い
・人生満足度や、快感情で示される快楽度や、心理的ウェルビーイングで示される幸福度が高い
・抑うつ症状、不安、ストレス反応が低く、精神的に健康な状態にある
セルフ・コンパッションが高いに越したことはないという気になってきますね。
精神疾患を持つ人の場合はどうなのか?
私は精神科医なので、精神疾患を持つ人のセルフ・コンパッションとの関連はどうなのか気になります。
精神疾患をもつ群と健常人群を比較した研究では以下のことが示されています。
・精神疾患をもつ群ではセルフ・コンパッションは有意に低い
・セルフ・コンパッションを高めると 抑うつ症状が緩和される
過去に治療経験があり、今も中レベル以上の抑うつ症状が残る成人を対象とした研究では、セルフ・コンパッションが低いほど、抑うつ症状が深刻で、不安も強いことも示されています。
以上より、セルフ・コンパッションと精神的健康の関連性は、精神疾患をもたない群と精神疾患をもつ群に共通しており、精神疾患の有無に関わらず、セルフ・コンパッションは有用であると言えます。
セルフ・コンパッションと人生における困難
最後に、セルフ・コンパッションが人生における困難に直面している人の「苦痛の緩和」や「精神的健康の維持」に効果があるのかを調べた研究を示します。たくさんの興味深い報告があります。
・生得的な身体障害、炎症性腸疾患や関節炎、自閉症の子どもを持つ親であることといった困難さを経験している人において、セルフ・コンパッションが高いほど心理的適応が高い
・戦争を経験した退役軍人では、セルフ・コンパッションが高いほど、PTSDの3症状が低い
・虐待経験や命を脅かすような森林火災の経験といったPTSDの発症に繋がるトラウマ体験をした人においても、セルフ・コンパッションが高いほど、精神的不調を感じない
・乳がん患者は、外見の変化に伴い長期的な心理的苦痛を経験しやすいが、セルフ・コンパッションが高い乳がん患者は、抑うつ、ストレス、不安という心理的苦痛の程度が低い
まだまだありますが、紹介しきれないのでこの辺で。
セルフ・コンパッションは、健康な人にも、精神疾患の人にも、身体疾患の人にも、人生の困難にぶち当たった人にも、多くの人に有用であるということが言えますね。
まとめ
後半、データの羅列になってしまいましたが、ここまで読まれて、
「なんかカタカナだし、仏教思想とか言うから胡散臭い気がしてたけど、セルフ・コンパッションって試してみる価値あるんじゃね??」
と思われた方が多いと思います。
はい、私もです。
これからはセルフ・コンパッションを意識した情報発信をしていきたいと思います。
次回は、セルフ・コンパッションを高める具体的な方法についてまとめます。
乞うご期待(`・ω・´)b
セルフ・コンパッションを高める方法、具体的なテクニックについては以下の記事を参照ください。
参考:セルフ・コンパッションの「3つの要素」と「8つのエクササイズ」を解説☆
参考:自分を思いやる「セルフ・コンパッション」を高める6つのテクニックとは?
参考:DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー2019年5月号
参考:帝塚山大学心理学部紀要2016年第5号 pp.79-88 資料論文「セルフコンパッション研究のこれまでの知見と今後の課題」